「旗本たちの昇進競争 鬼平と出世(シリーズ江戸学)」
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鬼平も人事に泣いた――。
「鬼平」こと長谷川平蔵が、町奉行になれなかった本当の理由は何だったのか。
当時の噂話をあつめた史料をもとに、出世を願う旗本たちの本音と建て前を赤裸々につづる。
―――――――
※本文抜粋※
◆第一部「鬼平」長谷川平蔵と好敵手たち
【史料に残る鬼平の名裁き】
池田後守に町奉行の座をさらわれた長谷川平蔵は、どうして人のうけがよくなかったのだろうか。
たとえば、こんな話がある。
平蔵が、湯島で直に泥棒を1人捕らえた時、自身番へ預けて言った。
「明日までに俺の屋敷まで連れてこい。
もし今夜火事でもあって混雑ならば、逃がしても其方どもを咎にはしない」
そして、泥棒に向かって、「そっちは手拭いを持っているか」と尋ねた。
「持っておりませぬ」と泥棒が答えると、平蔵は供の者にその近所で手拭いを一筋買ってこさせ、言った。
「あした日中手拭いもかぶらず俺の所へ牽かれてくるのもせつなかろう。これをやる」
同じ頃、次のような話も伝わっている。
平蔵組の同心が、召し捕らえた盗賊を誤って逃がしてしまった。
重罪を犯した盗賊だったので、逃がしてから30日を過ぎるまでに捕らえないと、その同心は暇を出されることになる。
ところが、20日ほど過ぎた頃、その盗賊がその同心の家へひょっこりと姿を現した。
「私は、この前逃げた者でございます。
いったん逃げてはみたものの、重罪の私でございます。
またまた町奉行所などの手にかかって捕らえられることもあるかもしれません。
御憐憫深い平蔵様の御事ですから、外の御手に逢うのは残念なことで、それよりはこの方様の御慈悲深い方へ立ち戻りますが宜しいと思い付きまして参りました」
そして、また次のようにも言う。
「その逃げました時に、縛られながら逃げましたから、その縄をば大切に致しまして持って参りました。
この縄をなくさないようにと、たいへん心遣い致しました」
これを聞いた平蔵は、頭をかきながら次のように言ったという。
――この盗賊は重い刑罰を行わなければならない者だが、自分からまた来たところは、かわいいやつじゃ。
さてさてこういう者はかえって御仕置の仕方に困る。
小説にすると、かえって嘘っぽくなる話であるが、実話であろう。
これほどに平蔵の慈悲は泥棒や盗賊に知れ渡っていたのである。
ある時などは、町奉行初鹿野河内守の役宅に江戸中の町名主や大家を呼び、初鹿野と平蔵が出て、諸物価の引き下げを命じた。
火付盗賊改の身で、町奉行とならんで町名主らに申し渡しを行うなど前例がなく、それを行った初鹿野の評判もあがり、平蔵待望論はますます高まった。
いづれ長谷川町々一統相服し、どふぞ町奉行にしたいと願ひ居り候由。
町方一統が平蔵に心服し、ぜひ町奉行に、という彼の人気の程が知れるが、その後の幕府の仕打ちはひどいものだった。
―――――――
※本書は角川学芸出版・平成19年5月25日発行「旗本たちの昇進競争 鬼平と出世」のiPhone/iPadアプリ版です。
本製品は、iPod touch第1世代には対応しておりません。iOS 4.0以降で動作します。
「鬼平」こと長谷川平蔵が、町奉行になれなかった本当の理由は何だったのか。
当時の噂話をあつめた史料をもとに、出世を願う旗本たちの本音と建て前を赤裸々につづる。
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※本文抜粋※
◆第一部「鬼平」長谷川平蔵と好敵手たち
【史料に残る鬼平の名裁き】
池田後守に町奉行の座をさらわれた長谷川平蔵は、どうして人のうけがよくなかったのだろうか。
たとえば、こんな話がある。
平蔵が、湯島で直に泥棒を1人捕らえた時、自身番へ預けて言った。
「明日までに俺の屋敷まで連れてこい。
もし今夜火事でもあって混雑ならば、逃がしても其方どもを咎にはしない」
そして、泥棒に向かって、「そっちは手拭いを持っているか」と尋ねた。
「持っておりませぬ」と泥棒が答えると、平蔵は供の者にその近所で手拭いを一筋買ってこさせ、言った。
「あした日中手拭いもかぶらず俺の所へ牽かれてくるのもせつなかろう。これをやる」
同じ頃、次のような話も伝わっている。
平蔵組の同心が、召し捕らえた盗賊を誤って逃がしてしまった。
重罪を犯した盗賊だったので、逃がしてから30日を過ぎるまでに捕らえないと、その同心は暇を出されることになる。
ところが、20日ほど過ぎた頃、その盗賊がその同心の家へひょっこりと姿を現した。
「私は、この前逃げた者でございます。
いったん逃げてはみたものの、重罪の私でございます。
またまた町奉行所などの手にかかって捕らえられることもあるかもしれません。
御憐憫深い平蔵様の御事ですから、外の御手に逢うのは残念なことで、それよりはこの方様の御慈悲深い方へ立ち戻りますが宜しいと思い付きまして参りました」
そして、また次のようにも言う。
「その逃げました時に、縛られながら逃げましたから、その縄をば大切に致しまして持って参りました。
この縄をなくさないようにと、たいへん心遣い致しました」
これを聞いた平蔵は、頭をかきながら次のように言ったという。
――この盗賊は重い刑罰を行わなければならない者だが、自分からまた来たところは、かわいいやつじゃ。
さてさてこういう者はかえって御仕置の仕方に困る。
小説にすると、かえって嘘っぽくなる話であるが、実話であろう。
これほどに平蔵の慈悲は泥棒や盗賊に知れ渡っていたのである。
ある時などは、町奉行初鹿野河内守の役宅に江戸中の町名主や大家を呼び、初鹿野と平蔵が出て、諸物価の引き下げを命じた。
火付盗賊改の身で、町奉行とならんで町名主らに申し渡しを行うなど前例がなく、それを行った初鹿野の評判もあがり、平蔵待望論はますます高まった。
いづれ長谷川町々一統相服し、どふぞ町奉行にしたいと願ひ居り候由。
町方一統が平蔵に心服し、ぜひ町奉行に、という彼の人気の程が知れるが、その後の幕府の仕打ちはひどいものだった。
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※本書は角川学芸出版・平成19年5月25日発行「旗本たちの昇進競争 鬼平と出世」のiPhone/iPadアプリ版です。
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